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Channel: ちびねここ
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また、いつか、どこかで

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100歳を超えた祖母が、先日旅立ちました。

先月の20日頃、祖母の具合が悪いと連絡を受けていました。
そのうちお見舞いに行こうと返事をし、7月初めごろにでも行こうと思っていたところ、急に気が変わって電話した週に会いに行ってきました。

もう水もほとんど飲めず、苦しそうな祖母がいました。
それでも手を握ってくれました。
そして私は祖母のお見舞いの後に、6月20日に神奈川へ帰宅。

そして、その翌日。
祖母が亡くなったと、連絡を受けました。
6月21日の午前中は大雨で、その中で病院に行き、買い物をして疲れていたところ買ったコップが手を擦りぬけて割れ、やっちゃったな、とか思いながら疲れて寝ていたとろ、父からの電話。

祖母は、お昼過ぎに亡くなったそうです。
夏至の日に。
名護の最後のお見舞いは、私だったそうです。

父と母がお見舞いに行っているときに様子がおかしくなったそうです。
大至急叔父と叔母を呼び、そして、旅立ったそうです。

6月23日に通夜、6月24日に葬式と、バタバタの1週間でした。

23日、朝方雨が降っていました。
棺にいれられる前の祖母に会いたくて、無理を言って早めに出てもらいました。
祖母の頭を撫で、手を触って。
やっと楽になったんだなぁと。
数日前はとても辛そうだったから。

20160623

お通夜の時間、晴れ間が出ました。

20160624

翌日も晴れ間でした。

叔父が言うには、祖母の日ごろの行いが良かったからだろうとの事でした。

たくさん遊んでもらった祖母でした。
思い出がたくさんある祖母でした。
書ききれなくらい思い出のある、祖母でした。
今年の1月に100歳になりました。

去年、まだ、話せたときの写真も残っています。

先ほど、「今度お見舞いいつ行こうかな」なんて考えてる自分がいて苦笑いしました。
気持ちが追い付いてないなあ。いつ落ち着くとか、わからないです。
貼ってた気持ちが緩んだら、何もできなくなりました。

ネットの中でもどこでも、離れていく人は多いけど。
この別れは残り続けるでしょう。

コノセカイからは旅立ったけれど、またいつかどこかのセカイで会ったら、たくさん話をしよう。
お茶でも、飲んでさ。


いつか また どこかで

マタアイマショウ







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